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将棋盤とおじいちゃん

  14, 2017 02:00
最近、藤井聡太四段の活躍もあって将棋が注目されていますね!
なので今日はちょっと将棋にまつわる僕の話を少しだけ書こうかなって思います。

僕には亡くなった父方のおじいちゃんから貰った、とても思い出深い物があります。
それは将棋盤です。
そこらで売っているような折り畳みの出来るタイプの物ではなくて、足のついているしっかりとしたものです。

僕のおじいちゃんはそんなに口数の多い方ではないですが、よく一緒に遊んでくれ、物知りで僕に多くの事を教えてくれる存在でした。
秋田のめっちゃ田舎暮らしだったので、山の歩き方や食べれる山菜、クマにあった時の対処法(笑)、薪の割り方、虫の取り方などなど、僕の経験した事の無いことをいっぱい教えてくれる頼もしいおじいちゃんでした。

教えてもらった中でも印象深いのが、小学校前3年くらいだったかな?それくらいの時におじいちゃんから僕と兄は将棋を教えてもらいました。
何で教えてもらったのか?とかは覚えてないのですが、将棋と言うゲームは僕らには楽しくおじいちゃんの家に行くと良く教えてもらっていました。

ある程度ルールを覚えてきたら試合をする訳なんですが、おじいちゃんはまるで手加減をしてくれないんです!
もちろん勝てません。
まあ、今にしてみればそれでも手加減をしていたのかも知れないとは思います。
対局が終わると必ず解説付きで、ここはこうした方が良かったとか色々と教えてくれました。

おじいちゃんの趣味は将棋だけ、その代わり将棋だとてつもなく大好きってのを聞いた事がありますね。
腕前も中々の物らしく、地元の大会なのかな?詳しくは解りませんがそういうので勝てる実力者らしいです。

兄はあまり将棋をやらなくなりましたが、僕は将棋に完全にハマっていたので小学校の将棋クラブに入ったりもしました。
上級生全員にとは行きませんでしたが、そこそこ勝てる程には強くなりました。
しかしおじいちゃんには何度やっても勝てません。
いやー、あれは悔しかったですね。
おそらく人生で最初の壁だったのでは無いでしょうか?
いつか勝ってやる!という目標が僕の中で生まれました!

その後、僕は中学生となり部活動などで忙しくなってしまい、遊びに行くことも減ってしまいました。
部活動は吹奏楽部に入ったりしたもので、中々の強豪校?に入った事もあり、ほぼ毎日部活だったもので、将棋をやる頻度は下がりましたが、友人とたまに地区センターに行って指したり、地区センターに遊びに来てる地区センターにいるおじいちゃんと指したりしていました。
やっぱりいつかおじいちゃんに勝ちたいって思っていたから、多少ですが続けていたのかなって感じです。

しかし、高校を入学してちょっと立った頃におじいちゃんは認知症になってしまったのです。
そして悲しい事に、おばあちゃんと僕の父親以外の区別があんまりつかなくなってしまっていました。
僕と兄の区別もあんまりついていませんでした。
そんな状態ですのでもちろん将棋なんて指すことは出来ませんでした。
今にすれば色々思うところはありますが、正直なところその当時の僕はそんなおじいちゃんを見ているのが辛く、おじいちゃんの家にはあまり行かなくなってしまいました。

高校を卒業をし、ある時家族からおじいちゃんの体調が優れないという話を聞きました。
早めに会いに行かなくては…と思い僕はおじいちゃんの家へ行くことにしました。
僕の事をちゃんと認識出来ないという事もあり、会って何を話したらいいか解らないな…とか不安に思っていましたが、それ以前にもう会話自体がもうあんまり出来ないとも聞かされていましたので、おじいちゃんが弱っている姿を見るのも辛いなって思っていました。
今、こうやって考えて見たら頼もしくて凄いと思っていたおじいちゃんの弱い姿を見たく無かった、凄いおじいちゃんでいて欲しいと思ってたのかもしれないですね。

僕が家に行くと、やはり椅子に座りあまり動かな状態です。
しかし、おじいちゃんの家に行って2~3日が立った時に、おじいちゃんから突然、「将棋をやらないか?」と言われました。

もちろん断る理由も無くおじいちゃんと将棋を指す事に…
まあ頻度は減ったとはいえ、まったくやっていなかった訳ではないし、小学生の頃から打倒おじいちゃんで将棋を指してきているのです。
一方、おじいちゃんは認知症で判断力も低下している状況にある訳ですので、負ける事は無いだろうと思っていました…

しかし結果はお察しの通り…僕は勝てませんでした。

そして試合の後に、「おじいちゃんはこうやって子供と将棋をやるのが夢だったんだよ」と話してくれました。
僕の父は将棋に興味を示さずにやらなかったそうです。
「子供と将棋をやる時には絶対に手加減をしないって決めていたんだ」とも言っていました。
その理由は、勝てなさそうな格上相手に挑んで行く強さと、そういう相手に勝つために考える力や楽しさを身に付けて欲しかったから…だそうです。
そしてその時に「この将棋盤はお前のお父さんが産まれたときにおじいちゃんが作ったんだ」とおじいちゃんの手作りである事を知りました。
そんな将棋盤を「もらって欲しい」とおじいちゃんに僕は頼まれたんです。
僕はありがたく将棋盤をもらって帰りました。

それから少しして、おじいちゃんは亡くなりました。

最初、僕は身近な人が亡くなると言うのも初めてだったので、実感があまりなくて悲しいのかどうかも解らなかったですね。

家族は「おじいちゃんは将棋が大好きだったから、ずっとお前が来るのを待ってたんじゃないか?」と言っていました。
そして、良くおじいちゃんは認知症の進んだ状態だったのに将棋を指したね…とみんなも不思議がっていました。

何故、認知症のおじいちゃんが将棋を指せたかは僕には解りませんが、そんな人生最後の対局相手に僕を選んでくれた事が嬉しく、そしてその時に始めて悲しくなったのも覚えています。
それと同時に「弱ってるおじいちゃんを見たくない」なんて理由であまり会いに行かなかった事を後悔しました。
おじいちゃんは認知症になっても凄いおじいちゃんのままでした。

今、こうやって思い返して見るとおじいちゃんから、多くの事を学んだなって改めて実感出来ます。

僕もいつか子供に将棋を教えて、おじいちゃんが教えてくれた事を教えてあげたいなって、きっとその為におじいちゃんは将棋盤をくれたのではないか?と感じています。
そしていつか子供と将棋をやる日が来たら、手加減無しの全力で負かしてあげます!
そこから何を学ぶかは解りませんが、おそらく僕と同じよう『格上相手に挑んで行く強さ』『考える楽しさ』を学んでくれると思います。

結局、おじいちゃんには勝ち逃げをされてしまいました………今のところですが
このままでは一生勝てませんが、おじいちゃんから教わった事は『勝てなさそうな相手に挑む強さ』、『勝つために考える力』です!
諦めるのではなく、どうすればおじいちゃんに勝った事になるのかを考えるのがおそらく正解なのではないか?と思います。
いつか勝てる日までおじいちゃんとの対局はまだまだ終わってないと思っています☆

…こんなに想い出話を長々と書くつもりではなかったのですが気が付いたら…。
うーん、何だか勢いで書くと思わぬ方向に話がいってしまいがちですね-。
読み返してみると恥ずかしいし…。

という訳で強引に今回のオチ!

僕のいとこ(小学2年生)とオセロをやった時に本気でやって全面黒にして勝ったけど…あれは教育です!!
他のゲームでもやり過ぎて泣かしたけど僕は悪くありません!
親戚からも「大人げない」って言われたけど…僕は悪くありません!!

はい、そんな訳で今回はここまでです!
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 雑記

Comment - 2

花おばさん  

いいおはなしに、感動

ひつじ先生。

おじいさまとのとても感動的はお話、あげてくださって、ありがとうございます。

なんとなく、おじいさまがその時、何故、将棋をさせたのか、分かるような気がいたします。

たぶん、最後の時間、ずっと願っていた思いを、将棋という形で、叶えることができたのではないでしょうか。おじいさまの手作り将棋盤、大事になさってくださいませ。

そして、いつか、ご自分にお孫さんができたとき、同じようにしてさしあげてくださる様子が、目に浮かぶようです。

そして、オセロゲーム、手加減しなくて、いいのです。

そして、決して悪くありません!と申し上げます。

たかがゲーム、されどゲーム。越えられない壁があるからこそ、人は、一生懸命考え、工夫する努力を忘れませんから。

今日も、よいお勉強をさせていただきました。ありがとうございます。

Edit | Reply | 
ひつじ先生  

To 花おばさんさん

そうですね、絶対に子供にも孫にも将棋を教えてあげたいなって思います!
ただ、おじいちゃんの様に勝てないと格好がつかないので、少しは強くならないとですね♪
とりあえず、いとこ(小学2年生)に教えてボッコボコに優しく全力で相手をしてあげようと思います☆

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